菊原 智明氏インタビュー7年間売れなかったダメ営業が拓いた新境地、“訪問しない”営業スタイルとは?

漠然と選んだ営業の世界で売れない日々が続く中で、一筋の光明を見出すことでトップ営業パーソンへと昇り詰める…そんな作り話のようなことが実際に存在します。
住宅業界で“売れない”営業パーソンだった菊原 智明 氏が歩んだ軌跡とともに、訪問しない営業というユニークなスタイルを確立した、その経緯を語っていただきました。

菊原 智明氏

【1】自由な働き方に漠然と憧れて営業を選んだキャリアの原点

これまでのキャリアについて教えてください。

菊原 智明氏大学卒業後は住宅販売会社の営業として入社し、7年ほど売れないどん底の時期を経て最終的にはトップ営業パーソンに。その時に、営業レターを駆使してお客さまにアプローチするという“訪問しない営業スタイル”を確立しました。
その後2006年に営業サポートやコンサルティングを行う会社を設立し、現在でも経営者や営業向けのセミナー、研修、コンサルティングなどの仕事を手掛けています。社会人の方だけでなく、学生に向けて営業の授業を受け持つなど、自身の経験を生かした様々な活動を行っています。

なぜ住宅業界に、しかも営業として就職したのでしょうか。

菊原 智明氏もともと大学では工学部機械科で自動車部だったため、最初はモーター関係の工場に就職しようと考えたのですが、職場が地味で、私には楽しい場所に見えなかった。そんな折、営業パーソンだった友達の父親が時間に縛られず自由に仕事をしている姿を見て、漠然と営業になりたいと思ったのです。
そこで、今度は自動車を販売する営業パーソンになるべく、自動車販売会社に就職しようと考えたのですが、月に5台がノルマだという話を聞いて、自分には絶対に無理だと。ただ、自動車メーカーのグループには住宅関連の営業もあって、そちらは3ヵ月に1軒売ればいいという話を聞きつけたのです。
月に5台は無理だが、3ヵ月に1軒なら何とかなりそうだという感覚があり、住宅業界を中心に就職活動を行い、結果として住宅販売の営業としてキャリアをスタートさせました。

菊原 智明氏

あまりポジティブな選択肢ではないようですね。

菊原 智明氏実際には、“これをやりたい”と最初から強く思っている若者は少ないと思いますよ。何となく社会に出てキャリアをスタートさせる方のほうが多いのではないでしょうか。
でも、当初描いていた“営業は自由な仕事”というイメージは、初日からもろくも崩れることになります。新人だったのでそれほど仕事があるわけではないのですが、上司を含めてみんなが夜遅くまで働いており、自分だけ帰るわけにはいかない雰囲気がありました。
とにかく拘束時間が長く、睡眠不足とプレッシャーで耐えられなくなってしまう人が多く、私の同期もほとんど辞めてしまうというありさまでした。私の場合は、逆にうまくさぼって手を抜いていましたので、何とか生き残ることができたのです。

【2】どん底からトップ営業パーソンへ!“訪問しない営業”が生まれたわけ

菊原 智明氏

営業である限りノルマはあったと思います。どんな営業パーソンだったのでしょうか。

菊原 智明氏訪問予定や実績をでっちあげたりすることも普通にしていましたし、外出を口実に外で時間をつぶすなんてこともざらでした。まじめに訪問ばかりしていたら、自分自身は間違いなくつぶれていたことでしょう。
そんな状況が続いていたため、当然ながら売上が増えるわけもありません。それでも、何とかノルマを果たす必要がありますので、いろいろ策を講じていました。
具体的には、住宅展示場に見学に訪れたグループ会社の人間を捕まえて、自分の上司を通じて、そのお客さまの上司にアプローチし、何とか購入いただくという方法が1つです。また、退職しそうなメンバーがいれば、その中で有力なお客さまを何とか引き継いで受注につなげるという方法も。
自分でいうのも何ですが、本当にダメな営業パーソンでした。

仕事を辞めようと思ったことはないのでしょうか。

菊原 智明氏当時は、毎朝仕事を辞めようと思っていました。でもほかの業界の営業を考えると、短期間で売り上げノルマがあるような商売は絶対無理だと考えたのです。1週間で2件とか受注しなきゃいけないと言われていた保険業界なんて、転職できるわけもありません。
そんなことで思考を巡らせていくと、やっぱり住宅業界のほうがましかなと思ってしまうんです。
毎日逡巡するうちに、あっという間に7年が経過していたという感じでしょうか。売るための努力をするよりも、言い逃れをすることに頭を使っていたため、売れない日々が続いていたのも当然の結果です。

売れない営業だった人が急にトップ営業になるというのは驚くべきことです。そのきっかけは何だったのでしょうか。

菊原 智明氏なんとかやってやろうと思っていたものの、最終的には対人恐怖症になってしまい、新規訪問はできない、住宅展示場にお客さまが来ても怖くて対応できない、なんて状況に陥っていました。
そんな折、自分が家を建てることになったのですが、過去のクレームがまとまったノウハウ集である「お役立ち情報」という社内資料が、自分にとても参考になって面白かったんです。
また、後輩が担当していたお客さまが展示場に来た際に、わざとお役立ち情報にあるようなネガティブな情報を伝えたところ、それがとても感謝されることに。本音でいえば、後輩の商談を潰してやろうという最低の魂胆だったのですが、それがあらぬ方向に評価されてしまったのです。
そこで、お役立ち情報の価値に気付き、当時、手つかずのままになっていた営業リストにあった顧客180件のうち、半分には直接訪問で、残りは郵送でお役立ち情報にあるネタを届けたところ、直接話をするよりも郵送物のほうが結果として反応が良かった。
今でいうテストマーケティング的なことですが、直接会うよりも顔写真入りで私は“こういう人間です”という内容も加えて、お役立ち情報を郵送で伝えたほうが効果的だということが分かったのです。

書籍「訪問しなくても売れる!「営業レター」の教科書」

「訪問しなくても売れる!「営業レター」の教科書」より

そこで訪問しない営業というスタイルが確立されたのですね。

菊原 智明氏そうですね。でも、最初は周囲に内緒でレターを送り続けていたため、事務所にある切手が急になくなって大騒ぎになってしまった。そこで自腹で送ることにしたのですが、3ヵ月ぐらい経過すると少しずつ反響が出てくるようになり、結果として郵送費は会社が負担してくれるようになりました。
やはり営業会社は売ってなんぼ。効果が出ると、これまで私を罵倒してきた上司が手のひらを返すように「君はいつかやると思っていたよ」と態度が一変することに。
結果的に、手紙によるアプローチで4年間トップを維持し続けることができたのですが、それでも、一部には訪問することがすべてだと考えている上司もおり、最後はそんな人間関係がもとで職場を去ることになったのです。

【3】営業レターだけで売り切る!訪問しない営業とはどんなもの?

お役立ち情報としての“営業レター”ですが、どんな形で展開していくのでしょうか。

菊原 智明氏全体では、2年間で顧客の検討段階に応じて手紙を毎月送るというのが基本的なやり方です。最初の1ヵ月は毎週1本のペースで送ります。そしてお役立ち情報3回目に「今後もこういった情報が必要かどうか」を聞いて、見極めを行います。その段階でお客さまを絞り込み、そこから徐々に受注確度を高めていくのです。
営業レターでは、あいさつ文などの人間性が出る表現を工夫しながら、お役立ち情報を送ります。私は一切訪問せず“これでしか売らない”と覚悟を決めていたため、営業レターがどんどんブラッシュアップされていった気がします。

書籍「訪問しなくても売れる!「営業レター」の教科書」

「訪問しなくても売れる!「営業レター」の教科書」より

具体的にはどんな構成の営業レターになるのでしょうか。

菊原 智明氏大きくは「アプローチレター」「レスポンスレター」「クロージングレター」の3段階でお客さまに手紙を送ります。簡単に紹介すると、アプローチの段階はお役立ち情報の紹介が基本です。その後のレスポンス段階になると、実際の家を借りて開催する見学会などのお知らせも交えていきます。
その場合、一般公開枠のいくつかを事前に締め切ってしまい、残りの枠を少なくすることで希少価値を演出するといったテクニックも使っていました。
クロージングの段階では、家を建てた時に持っていく予定の家具の寸法を測ってもらうなど、実際に家を建てるイメージを持ってもらう宿題をお客さまに出すというテンションアップ型のレターや、家を建てた後にこちらが提供するフォローの内容や、近所の方へのあいさつ回りの仕方といった情報を伝える不安解消型のレターなど、いろいろなテクニックを駆使してクロージングしていきました。

7年間の売れない時期に一番つらかったのはどんなことでしょうか。

菊原 智明氏売れてないだけにプレッシャーもすごく、上司からは罵倒される日々が続きました。でも、それも30分程度しか続きませんし、上司に詰められた時は真摯に聞くふりをしながら、頭では、夜の晩酌のことを考えていました。いいことではありませんが、結果として怒られることに慣れてしまうんです。
でも、一番つらかったのは住宅を作る工場見学にお客さまを連れていく時です。営業パーソンが、それぞれのお客さまを連れてバスツアーを組むのですが、お客さまを呼べなかった営業が工場までの車中で司会をやらなければいけません。2時間お客さまを楽しませながら家を建てることへの高揚感を持ってもらいつつ、アテンドしている営業の邪魔をしてもいけない。接客もまともにできないのに、2時間しゃべり続けなければいけないのが、とにかくつらかった。
そこから抜けたくて、なんとか売れたかったというのが本音です。

菊原 智明氏

トップ営業パーソンになって初めて見えたもの、分かったことはありますか?

菊原 智明氏ダメ営業パーソンの時は、トップ営業パーソンに対して間違った印象や偏見を持っていました。トップ営業はたくさんのお客さまを抱えて苦労するし、クレームも多い、休みはとれないかわいそうな人達だと、勝手にレッテルを張っていました。
しかも、自分達の10倍は売っていて、給料はそれほど変わらない。彼らはおだてられて、僕らの給料を稼いでくれている存在だと思っていました。僕自身もそうですが、ダメな人ってメンタルも腐ってしまうものなのです。

でも、売れている営業パーソンが集まる表彰式などに参加して話を聞くと、数多くの案件を抱えている割にはクレームが少ないことに、驚きました。お客さまとの信頼関係がしっかりできており、一緒に家を作っていくという対等の関係性が築けているためです。
実は、馬車馬のように働いているのは、売れている営業ではなく、売れていないがために受注に駆けずり回っていた当時の自分だったことに気付かされました。売れてない時代はお客さまの引越しの手伝いに行くなんてこともざらでしたが、信頼関係が築けていればそんなことはお願いされなくなるのです。

【4】自分に合った営業スタイルを見つけるべし!読者に向けたアドバイス

菊原 智明氏

ご自身がロールモデルとして考えていた先輩営業パーソンはいましたか?

菊原 智明氏人間関係の作り方など、とても参考になった先輩はいました。私がトップになる前にずっとトップを続けていた先輩です。伝説の営業パーソンで、入社前から契約を取ってきたというほどの逸話を持つ人です。
その先輩はとにかく懐に入る能力が高く、住宅展示場に初めて来たお客さんと一緒に展示場を回って帰ってきたら、すでに名前を“ちゃん”付けで呼ばれているようなタイプ。ある時なんか、客先訪問したはずなのに全然帰ってこない。後で聞けば「腹減って死にそうです」って言ってご飯をごちそうになったというんです。
「お前もお客さまの前で“腹減った”」って言えばいいと指導を受けましたが、それはキャラクターがあってこそ。本当はそんな人になりたかったのですが、そのスタイルをあきらめるまで7年かかりましたね。

菊原さんの訪問しない営業スタイルですが、向き不向きはありますか。

菊原 智明氏私の先輩のようにファーストコンタクトが強い人は別にこの?訪問しない”スタイルでなくてもいいでしょう。ただ、どんなスタイルでも多少のまめさは必要です。自分が編み出した27回の営業レターシリーズがある程度あれば、日々のルーチンとして手紙を出していくだけなので、さほど難しいわけではありません。誰にでもできると思っています。
様々な業界で活用していただいている事例がありますので、これが合わないというところはないと思いますが、よくお声がかかるのが、生保業界や、行政書士・会計士といった士業など、自分を売り込む必要のある業種の方ですね。また、自分のようにすべてレターで行う場合もあれば、フォローの電話を含めてやるといったやり方もありますので、それぞれ適したやり方で進めていけばいいと思っています。

書籍「訪問しなくても売れる!「営業レター」の教科書」

最後に、読者に向けてアドバイスをいただけますか

菊原 智明氏営業のスタイルって画一的なものではなく、自分に合ったやり方が必ずあるはずです。テレアポもプレゼンテーションも、人によっては難しいことがある。だからこそ、自分に合ったやり方を探してもらいたいと思っています。
会社にあるマニュアルも、本当に自分の営業スタイルに合っているのか、一度疑ってみてください。もちろん練習すればしゃべることはできるようになりますが、今度はしゃべることで手いっぱいになり、お客さまの話が全然聞けていないなんてことも。結構しゃべったのに、お客さまのアンケートを見て“あれ、どんな人だったっけ?”なんてことでは意味がありません。是非自分に合ったやり方を見つけてください。
またマネージャーの方は、おそらく営業センスがあって管理職になっているはずで、売れないメンバーに自分と同じやり方をアドバイスしても、同じようにはできません。自分と部下は違うということを十分理解した上で、是非部下に合った手法をアドバイスしてあげていただければと思います。

私のやり方が参考になりそうであれば、是非本を読んでいただき、興味があればご連絡いただければと思います。

菊原 智明 著書

「訪問しなくても売れる!「営業レター」の教科書」(日本経済新聞出版社)
住宅業界で7年間売れない営業パーソンとして過ごした筆者が4年連続でトップ営業パーソンになった原動力“営業レター”。信頼関係を築く「アプローチレター」や反応を早める「レスポンスレター」、そして成約率を高める「クロージングレター」といった具体的な営業レターのノウハウを紹介しながら、訪問しない営業スタイルで結果を出し続けた、その極意に迫る。

Amazonで見る

文:酒井 洋和  写真:編集部

営業お役立ち資料をダウンロード

eBook表紙

この記事を含めた営業に関するノウハウをeBookにまとめて無料配布しています。簡単なフォームに入力するだけでダウンロードしていただけます。ぜひご覧ください。

この記事の情報は公開時点のものです。

キーパーソンインタビューの記事

“やり切る”ことが自信につながる 営業リーダーが経営人材になるために必要なこと

井上 和幸氏インタビュー“やり切る”ことが自信につながる 営業リーダーが経営人材になるために必要なこと

出会いと別れ、土壇場、正念場、修羅場… 人生の難局を乗り越え続けた男の処世術

今井 桂氏インタビュー出会いと別れ、土壇場、正念場、修羅場… 人生の難局を乗り越え続けた男の処世術

波乱の船出、2100億円の放映権料獲得…ビジネスの世界から転身したJリーグチェアマンの金言

村井 満氏インタビュー波乱の船出、2100億円の放映権料獲得…ビジネスの世界から転身したJリーグチェアマンの金言

激怒されるまでお客様に質問する?!営業が持つ“思い込み”の弊害と構造理解のススメ

高橋 浩一氏インタビュー激怒されるまでお客様に質問する?!営業が持つ“思い込み”の弊害と構造理解のススメ