営業研修や営業コンサルティングを手掛け、日経課長“THE 営業力”や、東洋経済の営業リーダー塾でメイン講師を務める高橋 浩一氏。自分を変えていくきっかけを、人生の節目でデビューを繰り返すことで、つかむことができたと語ります。そんな高橋氏が歩んできたキャリアを紐解きながら、営業の極意を探ります。“構造を理解する”という、その真意とは。
ご自身の経歴について教えて下さい。
高橋 浩一氏大学卒業後コンサルティングファームに入社し、戦略コンサルタントとして働いたのち、人事系の教育研修を提供するベンチャーの創業に取締役として参画しました。2010年に独立し、その1年後には営業を中心としたコンサルティングを手掛ける現在のTORiX株式会社を設立し、今に至っています。
最初にコンサルティングファームに入社したのは、大学での留年による遅れを取り戻したい、という焦りがありました(笑)。サークル活動へ熱心に取り組み過ぎた結果、授業の出席日数が足らずに留年してしまったのです。すでに社会人になっていた大学の同期との差を挽回するべく、仕事がハードな業界を目指した結果、コンサルティングファームに入社することを決断しました。
人に関わるコンサルタントをされていらっしゃることからも、人と接することは以前から得意だったのでしょうか。
高橋 浩一氏実は、もともと対人恐怖症で小学生の頃は人見知りが激しく、運動も大の苦手でした。自分に自信が持てない性格から、人とのコミュニケーションに対して極端な苦手意識を抱いていました。人との関わりについて徐々に自信をもって取り組めるようになっていったのは、高校生のときに経験した飛び込み営業のアルバイトがきっかけです。よく、環境が変わって新たに生まれ変わることを“高校デビュー”“大学デビュー”などと表現することがありますが、私はまさにそのタイプ(笑)。言葉の受ける印象から、「○○デビュー」というのはネガティブに受け取られがちですが、生まれ変わるいいきっかけという意味で、私自身はポジティブに捉えています。
もともとはどんな幼少時代だったのでしょうか。
高橋 浩一氏隣の女の子とも一切会話ができず、人前で歌う音楽のテストの時は学校を休んでしまうタイプの子供でした。しかも、運動が苦手だったことで肩身の狭い思いをしていた苦い記憶があります。そんな劣等感を持った小学生時代を過ごしてきた私ですが、軟式テニスの部活に入った中学で大きく様変わりしました。小学校時代に運動神経がよかった友達が、軟式テニスの仮入部であさっての方向にボールを打っているのを見て、「皆が未経験のスポーツだったら、同じスタートラインに立てる」と思ったわけです。そこから朝早く学校にきてこっそり練習をするようになり、最終的には市の大会で準優勝するまでに上達しました。これが初めての成功体験であり、まさに中学デビューを果たすことになったのです。
やはり成功体験があると、いろんな意味でポジティブになれる気がします。
高橋 浩一氏軟式テニスでの成功体験があったものの、中学2年の時に通い始めた学習塾がかなりスパルタな教育方針で、テニスとの両立も難しくなっていく中、苦手の数学がなかなか克服できず、塾の先生に辞めたいと告げたことがあります。すると、「やる気がないのか、能力がないのか、どっちだ?」と質問され、数学が苦手で能力がないと答えたところ、やる気があるなら能力は引き上げられると励ましてくれたのです。「ここで頑張ることを辞めてしまったら、もう1回人生で同じ場面になったらまた同じ選択をする」という一言は今でも心に残っています。確かに頑張らなくても人生は何とかなるものですが、それを覚えてしまうと一生頑張らないことを繰り返してしまう。だからこそ、まずこの最初の1回を頑張れと勇気づけてくれたのです。
現在は営業研修などの支援を行っていらっしゃいますが、学生時代の経験で今の活動に役立っていることはありますか。
高橋 浩一氏先ほどお話しした高校時代のアルバイト経験です。地元の友達が英会話学校のポスターを貼る仕事を紹介してくれました。お店の許諾を得て1枚貼るごとにお金がもらえる完全成果報酬のアルバイトでしたが、お店としてはポスターを貼るメリットがなく、お願いしても全然貼らせてもらえないお店ばかり。気の毒がってくれた年配の方が貼らせてくれたこともありますし、当時ポスターに起用されていた女優を口実に貼らせてくれるお店も。ポスターを貼っていただくには、何か「理由」が必要なのだと学びました。
少し目線を変えるとうまくいくケースもあったわけですね。
高橋 浩一氏他社の古いポスターが貼ってあるお店にお願いしたら、古いポスターを差し替えていいよと言ってくれたんです。確かに、既にポスターのあるお店であればお願いしやすいですし、自分が持参したものと貼り替えませんかという提案もできる。「古いポスターを取り替えませんか?」とお願いするようになった途端、急に枚数がはけていったということも経験しました。理由が成り立つということはとても重要なことだということを体感したのです。試しに、「3枚貼らせてもらえませんか?」とお願いすると「2枚ならいいよ」と言ってくれるなど、工夫次第で大きな成果につなげることができるという意味で、今の営業につながっている部分があると思います。
アルバイトからの学びがあったわけですね。
高橋 浩一氏そうですね。大学時代に挑戦したテレアポバイトは、更に営業的な感覚を知るいいきっかけが得られました。最初は電話をしても全くアポイントが取れないのですが、アポイント獲得件数トップの先輩の横に座り、電話をかけるふりをしてその人の喋りを細かく聞き続けたのです。そして午後は遠い席に移動して、その人のまねをしてみると、全く取れなかったアポが1件取れました。そして次の日は、成績No.2の先輩の横に座る…というように繰り返していくと、どんどんアポが取れるようになっていきました。
ご自身のキャリアで苦労されたことはありますか。
高橋 浩一氏25歳で起業した時は、とにかく売上を作るために朝昼晩毎日違う人とご飯を食べたり、1日100件のテレアポをしたりということを続けていきました。それでも最初は受注がほとんどいただけず、貯金が底をつきかけたので、自分で毎朝おにぎりを作って食費を節約していた時代もあります。ただ、売れない日々が続いていたものの、飛び込み営業やテレアポの時と同じように、何かポイントがきっとあるはずだと。アポが取れない中で自分の拠り所となったものは、“うまくいくパターンが発見できれば、状況は変わるはず”という思いだけで、立派な支えがあったわけではないのです。
今度はどんなことがきっかけで構造が見えてきたのでしょうか。
高橋 浩一氏ある生命保険の営業パーソンが私のところに営業に来たことがきっかけです。通常なら「保険に興味ありますか」とか「保険に入りませんか」と言うところ、その営業は「高橋さんはずっと生きているんですか」と私に問いかけました。
「そりゃ、ずっとは生きられませんよ」「じゃあもしものことがあるわけですよね」
「そうですね」「ご家族はいらっしゃいますか」「両親ともに健在です」「では何かあればご両親含めて大切な方はきっと悲しまれますよね」「そうですね」「では高橋さんが元気なうちに大切な方が悲しまないようにできることがあればやっておきたくないですか」と続きました。次の瞬間「確かにそうですね」と思わず言いそうになってしまった自分がいました。この営業パーソンはうまくいく方法論を持っているんだということに気付いたわけです。つまりは聞き方の工夫がとても大事だという視点です。
聞き方次第で仕事は増えていきましたか。
高橋 浩一氏確かにチャンスは増えますが、早々仕事につながるものでもありません。貯金も底をつきかけて後がなくなってきたところで、とにかく怒られるまでとことん聞いてみようと開き直りました。テレアポで代表電話にかけると「全員会議に入っています」と言われることがありますが、「全員って何人いらっしゃるんですか」「その会議は何時に終わるんですか」とぐいぐい聞いていく。でもこれが意外と怒られない。アポが取れた場合も、いろいろ教えてくれる人も中にはいらっしゃるため、せっかくなら聞かないと損だと思い、とにかく聞いて回りました。“なぜアポを受けてくれたのか”“なぜ提案を出させてくれたのか”“なぜ発注いただけたのか”を聞いていくと、その業界の裏側で何が起こっているのかが構造的に理解できてくるのです。
普段から講演や研修などを手掛けられていますが、若手の営業パーソンやリーダー層が一番悩んでいることはどんなことですか。
高橋 浩一氏営業の全体像が見えていない若手の方は、 “断られる”“目標のプレッシャー”“お客さんからの値下げ要求”“業者扱いされる”といったイメージを持っているものです。セリフや行動だけに注目してしまうと、“お客さんから心ない言葉を言われる”“本当のことを教えてくれない”と感じてしまうもの。でもそこにも「構造」があります。単純にあなたが嫌いだから業者扱いしているわけではなく、調達部門の人には原価を下げるという目標があり、相見積もりをどうしても取らないといけない、検討状況を途中で外部に漏らしてはいけないといった、「よくある」事情が存在するものです。その構造に気付いてうまくブロックを外していく質問によって活路が見出だせます。ただ、ほとんどの営業の方は、これ以上聞くと怒られるというラインをすごく手前に引いてしまい、質問すらしない方がほとんどです。
自分で勝手に忖度してしまうと、どういう弊害があるのでしょうか。
高橋 浩一氏これ以上聞くと気を悪くしてしまうのではと思い込んで聞くのを止めてしまうケースが多いのですが、実はいろいろ聞いても、相手のお役に立ちたいという気持ちで基本的なマナーさえ守っていれば、怒られることはほとんどありません。普段の研修でも、「これ以上聞いたら怒られる」ラインが相当手前にあることを、ロープレを通じて知ってもらうようにしています。こういった構造を理解し、質問力を駆使していく余地はたくさんあるのです。営業はとても知的な仕事で、つらい思いをする労働でなくするための工夫はいくらでもできます。しかも、お客様からすぐにフィードバックや反応がもらえるので、1度の商談で多くの気づきが得られるのです。その気づきを生かしていくことでビジネスパーソンとしての成長も早くなり、お客様から必要とされたり感謝されたりすると仕事はますます面白くなる。そういう喜びを是非知ってもらいたいですね。
リーダー層についてはいかがですか。
高橋 浩一氏多くの方が、成果の出させ方を十分理解していないように感じます。昔はたくさん行動すればそのうち成果が出るという感覚で会社が回っていましたが、昔の世界感と今は全く違います。同行してもすぐに受注できるわけでもなく、会社からは目標を提示され、残業は減らせ、ハラスメントはするな、と言われる中で成果を出していかないといけないという、大変な状況にあるわけです。でも前述した通り、メンバーの思い込みを外してあげる手伝いをしてあげることがリーダーの仕事の1つだと思っています。あれこれテクニックを教えなくても、思い込みを払拭してあげるだけで営業は劇的に変わるはずです。
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文:酒井 洋和 写真:山本 中
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