村井 満氏インタビュー波乱の船出、2100億円の放映権料獲得…ビジネスの世界から転身したJリーグチェアマンの金言

現在、Jリーグ(公益社団法人日本プロサッカーリーグ)の第5代チェアマンを務める村井満氏は、サッカーのプロ選手や指導者としての経歴を持たず、2014年のチェアマン就任までは株式会社リクルートの役員や、リクルートのグループ企業の社長を務めた根っからのビジネスパーソンでした。
そんな同氏が現在、チェアマンとしてJリーグをけん引するに当たり、ビジネスパーソン時代の経験やバックグラウンドはどのように役立っているのか、お話を伺いました。

村井 満氏

【1】波乱の船出となったチェアマンの仕事

もともとビジネスの世界で活躍されていた村井様が、Jリーグの運営に関わるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

村井 満氏リクルートグループ内で転職サービスを手掛けるリクルートエージェント(現リクルートキャリア)という会社の社長をしていた時に、CSRの一環としてプロ野球選手とプロサッカー選手の現役引退後のセカンドキャリアをサポートする活動を始めました。
そうした縁がきっかけとなって、2008年に「Jリーグの理事をやらないか」とお声掛けいただきました。
個人的にも高校時代はサッカー部に所属しており、三度の飯よりサッカーが好きでしたから、二つ返事で承諾しました。

当時は入場者数の低迷やスポンサー離れ、財政悪化など、Jリーグは様々な問題を抱え始めており、その後2011年の東日本大震災の影響もあり、かなり混乱していきました。
そんな中、今後の対応について理事として率直にものを言わせてもらっていたのですが、「そこまで言うなら、理事長(チェアマン)をやったらどうか」と水を向けられたというのがチェアマン就任の経緯です。

村井 満氏

就任された当初は、どんな点に苦労されましたか。

村井 満氏就任直後に埼玉スタジアムで人種差別的なメッセージが掲げられるという事件が発生して、Jリーグ初となる無観客試合の裁定を下すという波乱の幕開けになりました。
また就任した年にブラジルW杯があったのですが日本は残念ながら予選で1勝もできずに終わりました。そんな中、混乱と低迷から脱出するには、当時減っていたメディアへの露出を増やす施策を打つ必要があると考えました。

そこで目を付けたのが、インターネットを通じた試合のライブ配信でした。
当時はまだ、スポーツの試合のネット配信は少なかったのですが、私達は「これからはスポーツもネットによるライブ視聴が主流になる」と確信していました。

それが、英Perform Groupが運営するスポーツ専門ストリーミングサービス「DAZN(ダゾーン)」との大型契約につながったわけですね。
J1、J2、J3すべての試合のライブ中継、そして10年間で約2100億円という巨額の放映権料が話題になりました。

村井 満氏この契約の交渉は、かなり苦労しました。
普通は試合の放映権とともに、コンテンツの著作権もメディア側が所有するものですが、私たちはJリーグ自身が試合の中継コンテンツを制作し、その権利も保有するという点に終始こだわりました。

Jリーグのメディアへの露出を効果的に増やすには、私達自身がコンテンツの著作権を持ち、タイムリーかつ戦略的にメディアに提供する必要があったのです。
これをDAZNとの契約交渉チームの前提に置いたのですが、大詰めの交渉ではリクルートで営業パーソンをやっていたころの経験が生きました。

当時よく「簡単に値引きする営業パーソンは信頼されない」と上司や先輩から口酸っぱく言われたことを思い出しながら、Jリーグの価値を粘り強く訴え、自らの信念を率直に伝え交渉に臨みました。
そのおかげで、タフな契約交渉もまとめ上げることができたのだと思います。

【2】失敗を前提に仮説検証のサイクルを回す「PDMCA」

サッカーの選手や指導者の経験がほとんどない状態で就任されて、Jリーグの各クラブの社長を束ねていくのは大変だったのではないでしょうか?

村井 満氏サッカー界では私のことを誰も知りませんから、それは大変でした。
しかし、就任して半年の間に各クラブの地元を訪ねて、クラブや自治体、ファンの方々が集まるお店などに足を運んで、直接声を聞いて関係を深めることに注力しました。

また選手や指導者としての経験がほとんどない分、ファクト(事実)を徹底的に調べ上げることで経験の少なさをカバーしようと考えました。
例えば、リーグで大成した選手とそうでない選手の間にどんな違いがあるのか、あるいはドイツの選手育成方針とJリーグクラブの育成方針との間にどんな差があるのかといった論点について、職場の仲間と徹底的にファクトを掘り下げて調べ上げました。

村井 満氏

そのあたりには、ビジネスパーソン時代の経験が生きているのでしょうか。

村井 満氏そうですね。もともと机上でいろいろ考えるだけでなく、直接お客様の現場に足を運んで声を聞いたり、徹底的にファクトに基づいてお客様の課題や自社商品の価値を掘り下げていくというやり方は、リクルートで営業パーソンをやっていたことで叩き込まれたものですし、多くの会社の営業パーソンがやっていることと変わりないはずです。
こうした私なりのやり方と、サッカーの現場でこれまで培われてきた知見とが混ざり合うことで、徐々にいいものが出来上がってきているという実感があります。

逆に、失敗したことはありますか?

村井 満氏それこそ、枚挙に暇がありません。
Jリーグでは、PDCAサイクルの真ん中に「M(Miss:失敗)」を挟んだ「PDMCA」を提唱しています。
サッカーというスポーツはそもそも、手ではなく主に足を使うスポーツなので、実はミスだらけのスポーツです。
そのミスをどう立て直すかにサッカーという競技の本質があるのですから、私達Jリーグのスタッフも初めから失敗することを前提にした上で、その結果をどう次につなげていくかを常に考えるように心掛けています。

【3】Jリーグクラブが地域行政の課題を解決していく

今やJリーグクラブは、日本全国で見られるようになりました。

村井 満氏Jリーグは「豊かなスポーツ文化の振興」「国民の心身の健全な発展への寄与」というビジョンを掲げています。
ここで「国民の」と謳っている以上、一部の大都市だけに少数のクラブが偏在するような状況は好ましくありません。
全国の都道府県にJリーグクラブがあって、サッカーはもちろん、それ以外の競技も含めて地域のスポーツ文化の中心となるような形が理想的です。
またJリーグの試合はホーム&アウェイ方式で行われますから、Jリーグクラブがある町には隔週で数百から数千人の人が外部から訪れます。
地方を元気にする上で、この上ないコンテンツだといえます。

村井 満氏

そこでは、ほかのスポーツにはないサッカーならではの魅力も生きているのではないでしょうか。

村井 満氏そうですね。サッカーはチームスポーツですし、他の競技と比べてポジションの自由度が非常に高いので、子ども達がチームプレーや思いやりの精神などを育む上で非常に適していると思います。
また、地域の中心にサッカースタジアムがあることで、スタジアムを中心とした街づくりも進むでしょう。
例えば、サッカースタジアムはわずか15分間のハーフタイムの間に観客全員がトイレを済ませられるよう設計されており、自然災害時の避難場所としては恰好の条件を満たしています。

村井 満氏

サッカースタジアムが防災拠点になるわけですね。

村井 満氏そのほかにも、サッカーを通じて他国や海外の都市と国際交流を図ることもできます。
更には、サッカーには身体のコンディショニングやリハビリなどの知見が多く蓄積されていますから、そのノウハウを地域の高齢者医療などに生かすこともできます。
事実、鹿島アントラーズのホームスタジアムである県立カシマサッカースタジアムにはチームドクターも所属する本格的な診療所が設けられています。
このようにサッカーは、地域行政が抱える様々な課題を解決できる可能性を秘めています。
Jリーグでも今後こうした点に着目して、社会貢献活動などにも力を入れていきたいと考えています。

【4】「半径10m」を大事にする

村井 満氏

かつてのビジネス界でのご経験と、現在のスポーツ界におけるお仕事の両方に共通する要素とは、どのようなものでしょうか?

村井 満氏かつて民間ビジネスの世界で経営を行っていた際の知見と、現在Jリーグの経営を行う上で必要なこととの間に、違いはほとんどありません。
例えばJリーグには純粋なスポーツ競技という側面以外に、「プロスポーツの興行」というビジネスとしての側面があります。

ここでは一般ビジネスと同じく、サッカーという「商品力のアップ」「商品の魅力のプロモーション」といった活動が必要になってきます。
それらはすべて選手や指導者、フロントスタッフ、そしてファン・サポーターなど、生身の人間が創出していく価値と言えます。
私はもともと、人材ビジネスという「人の価値を活かしていく事業」に長く携わってきましたから、Jリーグの仕事とはもともと親和性が高いのかもしれません。

村井 満氏

村井 満氏普段仕事をされる上で、心掛けていることや座右の銘のようなものはありますか?

よく社内では「天日干し」というキーワードを挙げています。
魚と組織は、天日にさらすほど日持ちが良くなるのです。
つまり、もしミスをしてしまったら、たとえそれが組織にとって不利な情報であっても、包み隠さず公開した方がいいということです。
現在では、ミスをすること自体がリスクというよりは、ミスを隠すことが組織にとって最大のリスクになります。
事実、Jリーグではこれまで、何か問題があった際にはなるべく早くその調査経緯を公開するようにしています。

最後に、この記事を読む若い営業パーソンに役立つアドバイスがあればお願いします。

村井 満氏「半径10m」を大事にしてみてはどうでしょうか。

私はかつて、リクルートで人事部長を務めていたのですが、社員の退職理由で最も多かったのが「すぐ身近にいる上司や同僚と分かり合えない」というものでした。
会社で働く上では、会社全体の文化や社長の方針なども大事ですが、それより最も大事なのは「半径10m以内にいる身近な人達と本気で付き合えているか、本当に同じ志で仕事ができているか」という点です。
そういう意味を込めて、よく「半径10m」という言葉を使っています。

ありがとうございました。

文:吉村 哲樹  写真:山本 中

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この記事の情報は公開時点のものです。

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