ストレスに対する感情コントロールは「抑制」ではなく「調整」を意識して

日本ではリーダーが感情を表すことを良しとしない傾向にあります。確かに怒ったり、落ち込んだり、感情に振り回されるリーダーは厄介に感じられるもの。信頼されないことも少なくありません。できるだけ感情を上手くコントロールしながら、よいコミュニケーションにつなげたいものです。しかし、リーダーもまた心を持った人間です。「コントロール」の名の下で我慢して抑制ばかりしていると、必ずどこかに問題が生じます。無理することなく、自分の心の動きを捉えて「調整」することが大切です。

田中ウルヴェ 京氏

【1】動じている状態の自分を知って、平常心を取り戻す

リーダーは「常に冷静沈着」「何があっても動じない」といったように、感情の揺らぎがないことが美徳とされがちです。確かに的確な判断や公正さは平常心の方が発揮されやすいため、大切な場面では、できるだけ感情のゆらぎを調整したいと考えるのはビジネスパーソンとしては当然かも知れません。

しかし、その「平常心」とは、どのような状態をいうのでしょうか。平常心を知るためには、まずは「平常ではない」状態の自分を知ることが大切です。今いる地点が分からなければ、ゼロ地点には戻れません。つまり、冷静になりたいならば「冷静でなければ」と頑なになるのではなく、「いま冷静かどうか」を自問し、自分を冷静にするための策を講じることが大切です。

感情がどんな状態にあるかを客観的に捉えるには、ラッセルの次元理論を使うとよいでしょう。感情をプラス(快)とマイナス(不快)、活性(交感神経が優位)と不活性(副交感神経が優位)という2軸で4分類しており、シンプルに自分の状態を把握できます(図)。例えば、活性×プラスの時はワクワクと楽しく、活性×マイナスは怒りや恐怖を感じている状態です。そして不活性×プラスならリラックスして平穏な状態、不活性×マイナスの時は落ち込んでいる状態です。そのちょうど真ん中が、最も冷静かつ集中できるニュートラルな状態というわけです。

感情のマトリックス

感情のマトリックス
※このマトリックスは、ラッセルの次元理論を簡略化したものです。

こうして俯瞰すると、「元気で前向き」だけがよいというものではないことに気づくでしょう。精力的な人もリラックスした時間は必要ですし、マイナス面の感情にもその人が大切にしていること、こだわっていることが如実に表れています。例えば、大切にしている仕事だからこそ、おざなりな対応に怒りを感じ、大舞台に恐怖を感じ、失敗すれば落ち込むわけです。怒りや恐怖は「獲物を狩る、逃げるべき時逃げる」というように人間が生存していくために必要な感情であり、また、落ち込みや悲しみがあるからこそ、人の痛みや愛情にも気づけるというもの。

つまり、様々な感情の変化があるということは人生においても豊かな経験をしているということですから、それを押し殺す必要はありません。いざ冷静な判断や対応が必要となった時には、感情を今ある場所からニュートラルポジションにすばやく戻せればよいのです。

【2】上手に「感情のおなら」を出せる人はストレスに強い

自分の感情を認識し、その上で平常心に戻していくことは、意外と面倒なことです。そこで、感情に振り回されることが嫌だからと、感情そのものを消そうとする人もいます。実際、何も感じない方が効率的に仕事が進み、自分の精神的な負担も“一見”軽く感じられるでしょう。しかし、実はすごく危険なことなのです。

人はマイナスの感情を抑えると、なぜかプラスの感情にも影響が出ます。何をしていても楽しくなくなる、安らぎといった静かな感情に気づけなくなる、まさに「非人間」的なロボットと化してしまいます。抑圧された環境下でずっとその感情の抑制を行っていると、極端な場合は、心身症やうつなどの症状としても出てくることがあります。

そもそも「いつも冷静であろう」という非人間的な目標を持つのは現実的ではありません。むしろマイナス面のほうが大きいのです。「自分は怒ってはいない」という人ほど、自分の感情に無頓着で、暴力的だったり、モラハラ的だったりするのはよくある話です。人間に感情があることは当然のこと。それを認めた上で、内側にある感情を頭の中で言語化して自分の外側に取り出すことができれば「怒っている自分」「焦っている自分」を客観視することができ、それをマトリクス上に置いて眺めることもできます。

こうした感情を自分の外側に出してあげることを、私は「感情のおならを出す」と表現しています。それを我慢してずっとためてしまうと、ある日ちょっとしたことで爆発したり、身体の健康に影響が出たりしてしまいます。上手に感情を小出しにできることが、ストレスの多い環境を乗り切るためのコツともいえるでしょう。

不思議なことに、自分の感情を自分で認識すると、感情を客観的にみることができるため、すっと感情が薄れることに気づくはずです。それでもまだもやもやしているようならば、その場を外れて時間を置く、外に出て新鮮な空気を吸う、お茶を飲む、人と話すなど、平常心を取り戻す行動を自分で考えて試してみましょう。そのようにして、自分の気持を立て直す「定番の方法」を見つけておくといいですね。そして、平常心を取り戻したら、できればそのままにしておかず、改めてストレス源を取り除く建設的な解決策を考え、実行に移していくのです。たとえ小さなことでも、自分の感情を調整し、問題を解決できたことは成功体験として記憶され、リーダーとしての自信にもつながるでしょう。

田中ウルヴェ 京 著書

『人生最強の自分に出会う 7日間ノート 超一流のメンタルをつくる感情整理プログラム』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
ストレスの多いビジネスシーンにおいて、いざという時にも動じない最強のメンタルを手に入れるためには「自身の心を知ること」が第一歩。そうした心理学研究に基づくコーピング理論のもと、考え方のクセやストレスのタイプを知り、感情を整理するための方法を、7日間のレクチャー方式で紹介している。実際に書き込める記入シートが多数用意されており、手にとったその日から自分の手でメンタルトレーニングを実践することができる。

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この連載の著者

田中ウルヴェ京

ソウルオリンピック シンクロ・デュエット銅メダリスト。日・仏・米でシンクロ代表チームのコーチを歴任し、米国セントメリーズカレッジ大学院(修士修了)、その後アーゴジー心理専門大学院、サンディエゴ大学院で、認知行動療法や競技引退後の心理、パフォーマンスエンハンスメントを学ぶ。帰国後2001年より、プロスポーツ選手から一般までメンタルトレーニングの指導、および企業研修、講演等を行い、パラリンピック車いすバスケットボール男子日本代表チームやなでしこジャパン(サッカー日本女子代表チーム)のメンタルコーチ、また報道番組レギュラーコメンテーターも務める。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士。2017年、IOCマーケティング委員に就任。夫はフランス人、一男一女の母。