常見 陽平氏がインタビュアーとして様々な人物の「営業観」を浮き彫りにする連載「常見陽平が聞く!営業バンザイ」。記念すべき第1回は、アジアでトップレベルに稼ぐ格闘家、青木 真也選手。
「DREAM」「ONE FC」の2団体で世界ライト級王者に輝くなど、一流のファイターであるにも関わらず、フリーランスの格闘家としてマネージメント業務も自ら手掛けている。
様々な経験から「動じない」営業力を身に着けた青木選手に話を聞いた。
常見 陽平氏営業の連載なのに、格闘家? と思った方も多いと思うのですが、第1回はぜひ超一流のビジネスマンでもある、超一流の格闘家、青木選手にお話を伺おうと決めていました。
最初に青木選手の経歴について簡単に紹介したいと思うのですが、早稲田大学在籍時から格闘家として活躍。
卒業後、一度警察官になり、2ヵ月で辞めてその後プロに転向。所属団体が2度倒産。
現在はシンガポールを中心に、アジアでも随一の“稼ぐ格闘家”として活躍しています。
格闘家の多くがマネージャーやジム任せの中、青木さんは交渉から試合時のホテルのブッキング、請求書の作成まですべて自分で手掛けていますよね。自分を売り込むことが営業の基本であれば、青木さんは営業のプロだと言えます。
シンガポールを主戦場に選んだのはなぜですか?
青木 真也氏僕がはじめてシンガポールに行ったのは、技術を教えてくれと格闘技のセミナーに呼ばれたのがきっかけだったのですが、その様子から「ここはお金がある場所だ」と思いました。
この業界で10年以上仕事をしていると、お金を使う人を見る機会が多くなります。
その人がどのような払い方をするのかで、お金に対するその人の感覚が分かるようになってきたんですよね。「嗅覚」と言うべきか。
これ、どのくらい言っていいのか分かりませんが、領収書の切り方でも……
常見 陽平氏ああ、リアルですね……大金を支払ったからといって、その人がお金を持っているわけじゃない。
青木 真也氏新興でお金が集まっている場所は儲かります。
格闘技は、人が人を売る仕事です。一番お金をもらえるときは、団体ができ上がるとき。立ち上がる時には、プロモーションにしてもお金が沢山あります。
しかし市場が成熟してしまうと、適正価格になってしまうのです。言い方は悪いですが「ぼったくれない」。だから、盛り上がってからではなく、盛り上がる前に参加したいと思いました。
それに世界経済的な流れから見ても、これからシンガポールは発展するでしょう。格闘技業界の流れと、世界経済の流れ。この2つを読んでシンガポールにいったのです。
常見 陽平氏格闘技業界だけではなく、世界の潮流まで考えるのが青木さんのすごい点ですよね。お金がうなっていて、かつ自分が高く売れる新興の場所を見つけだした。
企業でも同様で、上場したばかりの会社はお金があるし、求人広告にもお金をつぎ込んで人材を獲得するだけでなく、羽振りの良さをアピールします。
自分の営業先にお金があるのか、もしくはお金を払える時期なのか、いい営業になるためには、嗅覚が必要です。青木さんはその嗅覚を磨くために、気をつけていることはありますか?
青木 真也氏格闘技の世界の人と近くなりすぎると、鼻が利かなくなると思います。かといって、離れすぎると忘れられる。
近からず、遠からず。どこにも軸足がないが、触れることができる距離感を取ることですね。関係性で敵をつくる流れはすぐできてしまいますから、そこには徹底的に屈しないようにしています。
常見 陽平氏自分の商品力を上げるために意識していることはありますか。
青木 真也氏まずは、長くやり続けること。それ自体が財産だと考えています。
それでも格闘技の仕事は体力的にずっとできるものではありません。戦うことが少なくなっても収入が落ちないようにするためには、自分の価値を保ち続ける必要があります。
「お金」というモノサシで試合に出るか出ないか決める選手も多いです。
しかし、僕はお金が半分でも自分の価値が上がるものはやります。今回のような取材もそうです。他のファイターにはできない自分の価値だと思っています。
ほとんどの選手は格闘技業界のコミュニティから出なくなりがちですが、他業種の人とは意識的に関わることにしていますね。
常見 陽平氏実際に、オンラインサロンを開くなど、他の格闘家とは違った活動をされていますよね。
青木 真也氏どんなものでも業界で最初にやってみる。どんどん失敗して、一個あたればいいやという感覚です。
僕はフリーランスなので失敗するリスクはほとんどありません。恥をかくくらいです。
常見 陽平氏ちなみに、「顧客」については意識しますか。いい営業パーソンは顧客の心をがっちりと掴みます。
青木さんにとっての顧客はプロモーターとファンですよね。プロモーターと親睦を深めるようなことはしているのでしょうか。
青木 真也氏受けた仕事を一生懸命やればいいと思っています。仲良くなる必要は感じていません。
プロモーターはお金を削りたい側。ぼくはお金をもらいたい側。対立するのは当然です。一緒に歩く必要はないと思います。
常見 陽平氏面白い! ファンについてはどうですか?
青木 真也氏ファンって難しい存在で、言うことを全部聞いたらダメ。飽きられてしまうんです。
いまの格闘家はみんなファンを大事にしすぎ。「ありがとう」って言いすぎなんですよ。「分かってもらえなくてもいい」というスタンスで、絶妙な距離感を取るのが重要です。
常見 陽平氏ああ、なるほど。営業だって、ノーと言う局面ではノーと言えないといけません。すべての要望に応えることが仕事ではないですよね。
青木 真也氏落としどころを見つけて、ケンカするのは大事なことだと思います。
なんでも言うことを聞いていると、マスのお客さんしかついてきません。マスにウケるのはリスクが高くて、時勢に簡単に左右されてしまいます。マスで得たお金はボーナスだと思っています。
ぼくはコアのお客さんをつかみたいんです。格闘技の文脈を読むことができ、毎回試合に来てくれて、毎回グッズを買ってくれるお客さんを大事にしたい。
常見 陽平氏青木流のマーケティングですね。
おっしゃる通り、新規顧客の開拓は、既存の顧客を見つけることの何倍も手間が必要です。今の客の心をがっちり掴むのはすばらしい戦略です。
常見 陽平氏営業パーソンって悩みやすい仕事だと思うんです。「優秀」だと言われていても、「会社のブランド、商品力のおかげであって俺の本当の実力じゃない」と悩んでしまう人もいます。
青木 真也氏理想像が高いんじゃないんですかね。ぼくなんて、自分が試合したからって、なにも変えられないと思っています。
波紋を広げても、時間が経てば水面は静かになるものです。
常見 陽平氏青木選手のファイターとしてすごい点は、常に淡々と動じないところですよね。
お話していると、齊藤正明さんが書いたベストセラー『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』(マイコミ新書)を思い出しました。
彼は食品メーカーでDHAを研究していたのですが、ひょんなことからマグロ漁船に乗ることになります。
ここで紹介されているマグロ漁船で気持ち良く働くコツは、「大漁でもそうでなくても感情を一定にすること」です。喜ばず、悲しまない。淡々とやる。
青木選手のスタンスと繋がっていますよね。
青木 真也氏ぼくはそれを「ピッチャー理論」と呼んでいます。ピッチャーが1点で抑えても、味方が2点取れなかったら負けます。勝ち負けに左右されてはいけない。
だからこそ、ぼくも試合の勝敗を気にしません。ぼくの調子がいくら良くても、相手がぼくより強かったら負ける。良い状態の自分を維持し続けることが、自分の仕事だと思っています。
常見 陽平氏そんなに達観できるのはなぜなのでしょうか?
青木 真也氏ぼくは人に手のひらを返された経験が何度もあります。
スポーツ選手って、試合前には「頑張って」、負けると「馬鹿やろう」と言われる仕事です。負けると人が自分の元から去っていくんです。それにプロデビューして団体がいくつもつぶれました。
だからこそ自分を軸にしないといけません。自分以外の人は悪意なく裏切る。自分だって悪意なく人を裏切る。そういうものです。
常見 陽平氏自分の軸で考え抜いているからこそ、シンガポールに行くような英断ができるんですね。
営業の仕事も同じですよね。難攻不落の会社だと思っても、部長が異動になったらすぐ契約できたりする。
たまたまラッキーだった新人が「優秀な営業パーソン」として表彰されたりして、逆に「俺はそんなに優秀じゃない」と自信をなくす人もいるでしょう。でも自分の頑張りでどうにもならないことがある。
淡々としている青木選手の姿勢から学ぶことは多いと思いました。
青木 真也氏「優秀」「優秀じゃない」と外部の評価を気にしていても仕方ないですよ。淡々とやるしかない。それしかないとぼくは思っています。
お金に対する嗅覚、自分のブランド力の向上、更には感情のコントロール。さすが日本発世界に通用する格闘家だった。
営業の話はついつい、極端な精神論か、具体的すぎるテクニックに走りがちだが、このようなそもそもの「スタンス」をどうするか。これも今、議論するべきことではないか。
なお、青木選手の本は超絶面白いのでぜひチェック。
『空気を読んではいけない』(幻冬舎)
中学時代、柔道部で補欠だった男が、日本を代表する格闘家になるまで――そこには、空気を読まない青木真也流の哲学があった。「幸せな人生を生きるために友達はいらない」「結果さえ出せば、他人はいつでも手のひらを返す」他人の目を気にせず生きたいあなたへ贈る1冊。
文:山本 ぽてと 写真:山本 中
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