海老原 嗣生氏×常見陽平氏 対談雇用ジャーナリスト・海老原嗣生氏に聞く、AI時代の営業の働き方

常見 陽平氏がインタビュアーとして様々な世界で活躍する人物の「営業観」を浮き彫りにする連載「常見陽平の営業バンザイ!」。
第4回は、『「AIで仕事がなくなる」論のウソ この先15年の現実的な雇用シフト』(イースト・プレス)の著者で雇用ジャーナリストの海老原 嗣生氏。ダメ営業パーソンこそAIの恩恵に預かれる!? AI時代の営業の生き残り方について話を伺った。

海老原 嗣生氏と常見 陽平氏

【1】AIで仕事は「すき間労働」化する?

常見 陽平氏海老原さんの最新作を読みました。新境地ですね。海老原本は常識の嘘をデータやファクトから検証するところに面白さがありますが、今回は未来予測もしているという。

海老原 嗣生氏ありがとうございます。

常見 陽平氏本日はAI導入後の営業の未来について、海老原さんにお話を伺いたいと思います。この本の面白い点はAI悲観論も楽観論もウソだと言い切っているところです。海老原さんは本の中で「営業はあと15年なくならない」とおっしゃっていますよね。

海老原 嗣生氏全然なくならない。「すき間労働」にはなりますが、あと20年は確実になくならないです。

海老原 嗣生氏

常見 陽平氏おお! 力強いですね。「すき間労働」とは具体的に何ですか?

海老原 嗣生氏人間は1つの仕事の中で様々な作業をしています。
例えばお店のレジを考えてみましょう。ただ値段を計算するだけではありません。生ものは薄いビニールにつめたり、硬いものは下につめたり、お箸やお手拭きをつけたり、コンビニだったらタバコを出したり…それらをAIが代替することは出来ません。正確に言うと、出来ないことはないのですが、全部やろうとすると機械をいくつも導入するはめになります。

常見 陽平氏コストがかかりすぎてしまいますね。

海老原 嗣生氏はい。そうなると優先的にAI化されるのは、熟練業務です。例えば、寿司職人だったら今まで何年も修行しないと身につかなかった魚を切ること、握ることがAIで機械化されます。その結果、銀座の高級店と変わらない技術が、簡単に導入できるようになるのです。

ですが、人間の仕事はなくなりません。魚の皮を剥ぐとか、冷蔵庫から出すとか、湯につけるとか、そういう、機械化するほどではない仕事が残ります。

常見 陽平氏作業はなくなるけれど、仕事はなくならないのですね。昔は、駅の改札には人が立っていて、熟練の駅員さんが切符を手作業で切っていましたよね。
現在、改札はほぼ機械化されていますが、それでも改札横には駅員さんが必要です。切符がつまったとか、ICカードの不具合があったとか、間違えて入ってしまったとか。まさに「すき間労働」ですよね。

常見 陽平氏

海老原 嗣生氏そうです。だれでも出来る業務や、イレギュラーな作業が残っていくのです。

常見 陽平氏みんな逆だと思っていますよね。努力してAIに負けないように漠然と自分磨きしている人も多いと思います。

海老原 嗣生氏そうなんですよ。AIに仕事を取られてしまうからと、営業から会計士や税理士の資格を取ろうとするのは無駄だと思います。そういった知的熟練業務ほど、AIが得意なんです。むしろ営業のほうが生き残ります。だから「営業サプリ」を読んでいる方は、そのまま仕事を続けていったほうが絶対にいいです。

【2】AIはダメ営業パーソンの福音か?  

海老原 嗣生氏営業も同様にすき間労働化していきます。例えば、どうやったらお客さまに売れるのか? 考えるのが営業の仕事ですが、それをAIがやってくれます。

いい営業パーソンは「この人は野球の話だけしていればいい」「今すぐ帰っていい資料をもってきたほうがいい」「飲みに行きたそう」などとお客の様子をよく観察しています。それが見極められない営業は、全部ルーチンワークをすることになります。

でもAIがあるとなにをしたらいいのか指令を出してくれる。そして会社に帰ると、AIがもう資料を揃えていて、客先でどのように資料をプレゼンすればいいのかのシナリオまで書いてくれます。その通りにやっていると売れるようになるのです。すごい早く売れるようになるし、すごい早く帰れるようになります。

常見 陽平氏そうするとダメな営業がいなくなってしまいますね。人間の仕事はどこに残るんですか。

海老原 嗣生氏

海老原 嗣生氏やるのは手足業務ですね。実際に足を運んだり、顧客の目の前で資料を読んだりすることはAIには出来ない仕事です。
あとはイレギュラーな対応です。AIにもミスがあるので、その時に謝るとか。「AIじゃ嫌だ、人間がいい」と言ってくるお客さんに対応するだとか。

常見 陽平氏養殖じゃなくて天然が良い、みたいな話ですね(笑)。
いい営業パーソンの人達の中には、働いている時間が少ないのにちゃんと受注をあげているタイプがいますよね。そういう人は売れるようにデータ解析や分析をして、いいタイミングで営業に行っている。今おっしゃったAIのような判断を勘や経験から行っているんでしょうね。

海老原 嗣生氏ふつうは営業1人につき1パターンぐらいしか技がないですが、AIにはそういった営業のMVP達の技が沢山シェアされます。

常見 陽平氏AIがあったとしても、売り上げが見込める大きな市場では苛烈な競争になりますよね。

海老原 嗣生氏そういったポテンシャルのあるお客さまへの競争はすごいでしょうね。大手企業担当の優秀な営業は、AIに使われるのではなく、AIを使う営業をするようになるでしょう。競争は激化するでしょうね。

一方で世の中にある多くの会社は、そのような苛烈な競争を招いてしまうお客さまではないですし、むしろ、売れない営業パーソンがトンチンカンなことを言って訪ねてきて、イライラすることのほうが多い。そういう営業パーソンが担当しているお客さまは、すごく楽になると思います。

常見 陽平氏

常見 陽平氏AIが営業の家庭教師になってくれるんですね。
ただ営業の難しいところは、それが自分の実力なのか、時期なのか、景気がよかったのか、分からないところにありますよね。営業成績でMVPを取った同僚をみて、「あいつは大企業担当だから……」と悔しい思いをしている人も多いと思います。

海老原 嗣生氏AIを導入することで、自分の営業成績が解析されます。景気、担当企業の規模、努力……なにが要因なのか。AIによって本当の営業MVPも分かるわけです。僕達がもやもやしていた「MVP」や「営業成績」ではなくなっていくでしょうね。

【3】ほとんどの人間は本当の仕事をしていない!?

常見 陽平氏そうなってくると、自分の仕事が問われますよね。例えばビッグデータを使えば人間より見落としなく採用が出来るようになるかもしれない。そうなると人事の仕事ってなに? って問われます。

海老原 嗣生氏日本人は楽することが嫌いです。そのせいで、本当の仕事が出来ていないと思います。例えば日本人は「おもてなし」という言葉が好きで、「日本人の心」だと言います。

でも保険のセールスの女性達はハイサービスだと言われていましたが、ネットで受け付けをするようになって、ほとんどなくなりました。
コンビニやファミレスの店員さんは外国人が多いですが、それでも何の問題もない。「おもてなし」なんてだれも求めていなかったんです。不要なサービスを「おもてなし」と言って重労働化していたのが日本です。

対談風景

常見 陽平氏ぼくがリクルートで営業していた時も、「営業先に行ったらハガキでお礼状を書け」と言われていました。毎日筆ペンでハガキを書いていて「バカヤロー! 字が汚い!」と怒られたりして……でもお礼状も企画書もメールで送っていた人の方が早く帰れたし、成績もよかった。

海老原 嗣生氏そういうことに気をとられて、本当の仕事が出来ない人が多いんですよ。
ぼくが日本のホテルに行って驚くのは、お辞儀の仕方がきれいだったり、エレベーターまで丁寧についてきて挨拶する人はいるのですが、「バスって何分おき?」「ジムって何時まで?」と聞いてもすぐに答えられる人がいないことです。「確認します」と言って電話で確認しはじめて、何分も待たされてしまう。
でもお客さんからしたら、丁寧に挨拶されるよりも、ホテルの設備に詳しいほうがずっとありがたいわけです。

営業も同様です。ただ漠然と毎日営業先に顔を出しても効果がなければ仕事とは言えません。でもかつては根性論でそれを覆い隠してきて、今は「プロセスマネジメント」の名のもとに、何件のメールを何日に出すのか程度しか考えていません。自分の頭で考えていないんですよ。

常見 陽平氏営業の仕組み化がいいという話は盛り上がりますよね。その最たるものがリクルートの「念仏モデル」です。
新人が1日25件訪ねて、念仏のように同じ営業トークをする。これは思考停止モデルですよね。楽しくないし。

海老原 嗣生氏そういう人達にこそAIがいいんですよ。「根性」とか「プロセスマネジメント」が、AIに置き換わっただけの話です。
今まで考えてきていないんだから、別にいいと思います。すごく売れるようになるし、すごく早く帰れる。あまった時間で趣味や家事をして、みんなで楽にすごしましょう。

【4】AIが大事な同僚になる日

対談風景

常見 陽平氏AIが何でも教えてくれるようになったら、いきなり売れて儲かるようになるから楽しいかもしれませんね。

海老原 嗣生氏そうなるとユルゲー(※簡単なゲーム)だから面白くなくなる可能性もあります。これからの仕事の楽しみの1つに「AIに褒められること」があるかもしれません。

AIといっても、100%正解を出せるわけではありません。5%くらいは予想が外れます。その時に人間が自分なりの工夫で売る。AIがそれをみて「君の営業の方法は正しかった。君はすごい」と褒めてくれるわけです。
それってMVPの先輩達に褒められているような嬉しさがありますよね。しかも給料も上がる。更に「常見モデル」なんて自分の名前をつけてもらえる。

常見 陽平氏おおー! それは嬉しいですね! 海老原さんはこれからの営業に求められる能力って何だと思いますか?

海老原 嗣生氏従順さと、コミュニケーション能力でしょうね。
ここでいう「コミュニケーション能力」は、AIとのコミュニケーションも含みます。せっかくAIがアドバイスをしても、なにを言っているのか分からないと困るし、AIに的確に報告出来ないと意味がありません。

常見 陽平氏「AI報・連・相」が必要になるんですね。営業マネージャーが怖すぎてなにも言えない……なんてことは少なくなるかもしれません。
『ドラえもん』で「ドラえもんは、道具なんかじゃない! 友達だ!」と言うセリフがあるのですが、これからAIも大事な同僚になっていくのでしょうね。

海老原 嗣生氏

海老原 嗣生氏藤子・F・不二雄の『流血鬼』という短編があります。吸血鬼になる謎の伝染病が流行し、人類はどんどん吸血鬼になってしまいます。主人公は抵抗して生きていくのですが、最後に追い詰められ、吸血鬼になってしまう。
しかし、いざ吸血鬼になってみたら、今まで何で吸血鬼にならなかったんだろうと思うくらい素晴らしい世界が待っている。

AIだって同じだと思うのです。AIで苦役から解放されて、時間ができるわけですから。その時に、変な努力をせず、ちゃんと楽しみましょう。家族や趣味に時間を使いましょう。そう伝えたいですね。

常見 陽平氏AIを恐れすぎるな! と言うことですね。今日はありがとうございました。

常見 陽平氏

まとめ

日々感じることがある。それは「なぜ、日本人は労働ホラーを信じてしまうのだろう?」ということだ。「労働ホラー」とは「私達の仕事がなくなる」というような煽りである。一部は正しいのだが、全面的に正しいとは限らない。いつの間にか、言葉が独り歩きし、みんなが不安になり、頑張る方向性が違う努力をしてしまう。申し訳ないが、茶番そのものだ。
海老原さんはAIに対して、実に真摯に向き合い、事実を確認している。AIが仕事を奪うという話も、まったく楽観視していいというのも、ちょっと違う。我々が磨くべきは、物事をみる視点と、向き合う勇気だ。

海老原 嗣生 著書

『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(イースト・プレス)
「20年以内に49%の仕事が消える」と予測されてから5年がたった。世の中にはAIで仕事から解放されるという「楽観論」と、失業した貧困者が大量に生まれるという「悲観論」があるが、海老原氏はそのどちらもウソだと言い切る。AIは日本の雇用にどのように影響するのか? これからやってくる「すき間労働」社会とは? AIとの未来をリアルに予測した一冊だ!

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文:山本 ぽてと  写真:山本 中

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この記事の情報は公開時点のものです。

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この連載の著者

常見陽平

千葉商科大学国際教養学部専任講師。いしかわUIターン応援団長。北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。