常見 陽平氏がインタビュアーとして様々な世界で活躍する人物の「営業観」を浮き彫りにする連載「常見陽平の営業バンザイ!」。
第3回は、全世界で335万個を売るベストセラーとなった「∞(むげん)プチプチ」(バンダイ)シリーズの開発に携わり、現在は株式会社「ウサギ」代表取締役の高橋晋平氏。
会社員時代の社内営業や、自ら開発したおもちゃを店頭に立って販売した経験から見えてきたものは何か?
常見 陽平氏前回、エステーの執行役宣伝部長兼エグゼクティブクリエイティブ・ディレクターの鹿毛康司さんにお話をお伺いしたところ、「ビジネスパーソンは、ずっと営業をやり続ける」という話が出ました。
営業に限らず、企画の仕事でも社内営業をしないと自分の企画を通すことができません。そんな中、高橋晋平さんは「∞プチプチ」シリーズなど、画期的な企画をバンダイの中で通してこられた。まずお伺いしたいのは、高橋さんの社内営業についてです。
高橋 晋平氏社内営業はまさに意識してやっていました。実は企画を通せるようになるまでには、入社から2年かかりました。いくら考えても通用しない時代がありました。
常見 陽平氏最初からバンバン企画が通っていたわけではないんですね。
高橋 晋平氏そうなんです。ぼくは「人を笑わせたい」と思ってこの仕事をはじめたのですが、当時は「社内でウケればいいや」とか、「シュールな感じのものを作って、ネットでちょっと話題になればいいや」とそんなことばかり考えている痛い奴でした。
だから「お前、それ自分で売ってこれるの?」と上司に言われたらなにも言い返せない。それなのに「この会社は、全然企画が通らない」「おもちゃはもう売れない」と愚痴を言ってましたね……。
そんな中で、どうしても潰されたくない、売りたい商品を思いついたんです。その時に「自分はこの企画を本当にやりたいんだ」と気が付きます。言ってみれば、それまで本当にやりたい企画を考えてこなかったんです。
そこから、社内営業をはじめます。「∞プチプチ」を作った時も、「売れるデータがあるのか」と言われたら「プレゼンだけでもさせてほしい」と食い下がりました。
常見 陽平氏「∞プチプチ」は大ヒットしました。そのあとは、社内営業をしやすくなりましたか?
高橋 晋平氏年数を重ねるにつれて、求められる能力が変わってきました。当時は入社3年目で、「若手の勢い」だけで突っ走って、周りも許してくれていた。
ですが、だんだん年数を重ねていくと、勢いと思いだけではダメで、どれくらい考えているのか、戦略まで社内から求められるようになりました。そこから、あの手この手で通す方法を考えはじめます。社内営業は本当に大切です。
高橋 晋平氏そして実際に店頭に立って売りました。新規玩具の担当だったので、主力玩具と違って営業の人員がなかなか割かれないのです。
常見 陽平氏高橋さん自ら、売り場に出向いて営業していたんですね!
高橋 晋平氏強調しておきたいのですが、開発の人は絶対売り場に立ってみたほうがいいです。店頭に立つと、そのおもちゃの何が良くて何がダメなのか、よく分かります。
それまでは、「とりあえず店に沢山並べたら、誰かが買ってくれて、どんどん世の中に広がっていくんじゃないか」と、幻想をもっていました。ですが、置くだけでは売れないことがよく分かった。
それにバイヤーさんとの関係性も変わりました。バイヤーさんは商品を買ってくれるお客様なのではなく、一緒に売っていくパートナーなんです。やはり売れないものを押し付けてしまうと「貸し」を作ることになります。会社としても個人としても、お金よりも信頼を貯める方が後々のことを考えると良い。ただ、大企業だと「売ってこい」と上司から言われるのが現実ですよね……。
常見 陽平氏大企業はどうしても、ばらまき型の流通になりがちです。
企画者としても営業パーソンとしても、不幸な商品や提案を作らないというのが1つの答えですが、とはいえ難しいですよね……。とりあえずこの場は繋がないといけない時もありますから。
高橋 晋平氏本気で売りたくないと感じてしまった場合、もうこれは「自分事」にすり合わせていくしかないと思うんです。納得いくまで担当者と話すとか、自分が興味はなくても家族や友人は興味があるかもしれないと考える。この商品を誰かに届けたら、その人が喜んで自分がモテるかもとか……若干、本質からずれているかもしれませんが、それでもいいと思うんです。
そうやって自分事にしていかないと、商品のことを話す時に嘘をついていることが見透かされるんですよ。「なぜこれを売るのか」を自分に問うて、プロセスを踏むことは大事だと思います。
常見 陽平氏「騙して売る」とよく言われますが、そう簡単に騙せないですよね。特に消費者は自分のお金でものを買うからより騙せない。高橋さんのおっしゃる「自分事」はよくある精神論ではなく、すごく具体的ですね。
ちなみに、開発の立場からみて、営業の人にこうしてほしいということはありますか?
高橋 晋平氏商品に不満があってもフィードバックしない方が多いので、改善点は相談したほうがいいと思います。
企画の人を転がして自分の思い通りの商品を作ってやるぞ、これは自分の商品として売るんだと思ってほしい。
ただ、営業と開発が開発段階から一緒に考えることには反対です。やっぱり商品は開発担当者が自分の思いで作るしかない。「バイヤーに口説きづらい」と開発初期の段階から言われてしまうと、ダメなものになってしまう。
みんなが売れそうだと思うものは、そんなに売れないと思うんです。パワーとして弱い。よく分からないけど、誰もやっていないもの、どうしてもやりたい思いがある企画は強いです。
常見 陽平氏新卒採用でも、誰もがいいと言った人は伸びなかったりする。ただ強い思いを貫く時には摩擦はどうしても生まれてしまうので、そこを社内ですりあわせていくのが、社内営業の手腕なのでしょうね。
常見 陽平氏リクルートには「不の解消」という言葉があります。誰かの「不」平や「不」満を解消することが商売につながると考えられているのです。実際に世の中の多くの会社は不の解消型の商品を提供しています。その場合は具体的に困っていることが目の前にあるので、思いをすり合わせやすい。
ですが高橋さんの取り組んでいる玩具づくりはいわば「快楽提供型」でしょう。社内でのすり合わせがより難しいのではないでしょうか。
高橋 晋平氏快楽提供型だからこそ、商品の魅力を言語化することが重要だと思っています。
ぼくは、社内営業の一環として「こういうふうに店に置いてほしい」という営業用のセールストークまで作っていました。
常見 陽平氏売れ方開発ですね。10年くらい前にブルーレイレコーダーがようやく普及するころに、魔法のトークが流行りました。
当時は「このDVDの矢沢、ハイビジョンじゃないの?」という矢沢永吉のSONYのCMがあって、売り場の人達がそれを真似して「これはハイビジョンじゃないんですよ」と営業トークに使った。それがきっかけで売れたと言われています。
まあ、SONY以外の商品を売る時にも使っていたようですけどね(笑)。
高橋 晋平氏ものを売るって、本当にクリエイティブですよね。売り場から自分が考えもしなかったような提案をいただくこともあって本当に勉強になります。
ぼくは、会社員時代にセールストークまで考えていましたが、今振り返るとベストではなく、押し付けていた部分もあったんじゃないかと反省しています。
物を買う瞬間って、魔法のようなもので、やってみないと分からない部分があります。たとえば、おもちゃ業界では昔から、サンプルを置くか置かないか論争があります。
ある人は、お客さんは、触ってみないと不安で買えないはずだという。でも一方は絶対に触らせないほうがいいという。
常見 陽平氏どっちなんだ……難問ですね。
高橋 晋平氏「∞プチプチ」のときは店頭で試行錯誤してみて、触らせないほうがよいことが分かりました。
おもちゃって箱を開ける時が一番楽しいんですよ。それに「∞プチプチ」などは感触を楽しませるものなので、サンプルをずっと店頭に置いておくと劣化してしまう。あえて触らせないほうがいい。
これは商品によって違うので、色々試行錯誤しないと分かりません。
常見 陽平氏数字だけのマーケティングでは分からない情報が売り場には眠っているんですね。
高橋 晋平氏具体的な人物を目にできますからね。最近は、「具体的な誰かに向けてやる」ことを意識しています。
商品作りもそうですし、記事を書く時も、ある人を実際にイメージしたほうが、精度が高い気がするのです。
常見 陽平氏「20代の女性」ではなく、田中花子さんに届けるということですね。
ラジオに出始めた時に、先輩パーソナリティの方から「公共の電波を使うんだから、広くあまねく話して無駄にするな」と言われました。公共の電波だけれども、就活で落ち込んでしまっている安藤太郎君を慰めたり、諭すために話すんだと。
高橋 晋平氏今の時代に価値を作る意味では、絶対にその方法がいいと確信しています。
ぼくはよく「企画術」の本や記事を書いています。その情報を強く欲している人は、もしかしたらクリエイティブ職だけで、パイとしては狭いかもしれません。
でも、必要としている人が明確に見えて、どこで悩んでいるのかを想定したほうが価値のある本になる。その結果、感動した人が、SNSや周りに紹介してくれます。
1人の仕事人として、自分のやることを安易に薄めないことがこれからの仕事として大切だと思います。薄めていろんな人にひっかかる時代は終わってきているでしょうね。
常見 陽平氏今は営業職の人だけではなく、お客さんも営業をしてくれる時代になりましたよね。
例えばお笑い芸人のマキタスポーツさんが「10分どん兵衛」というのを言い出しました。どん兵衛は3分より10分で食べたほうがおいしいと提案した。
それにメーカーの日清食品も乗っかって「正直申し上げますと、日清食品は10分どん兵衛という方法を知りませんでした」と公式の声明を出した。そのムーブメントが「レンチンどん兵衛」「どん二郎」など様々な食べ方を生みました。
高橋 晋平氏今は企画も営業もお客さんも、みんなクリエイターになる時代になったのでしょうね。
ぼくは「民芸スタジアム」というカードゲームを作っているのですが、どんどんお客さんが新しいルールを考えて遊んでくれるようになりました。
営業からもお客さんからも、「俺はこう売りたい」「こう使いたい」という意見がどんどん出てくるのは、すごくいい企画なんだと思います。
企画が一方的に営業トークを考え、営業の人に押し付ける時代はもう終わり、みんなが協力してものを売ったり、楽しんだりする時代になっているのでしょうね。
この対談記事は、長く読まれることになるだろう。なぜなら、「社内営業」に関してのノウハウはあまり知られていないからだ。
印象的だったのは、企画を通す際には、本気でやりたいものにすることということ。社内で通らない企画、営業先で受注に至らない企画は、申し訳ないが、本気でない企画、寒い企画なのだ。バイヤーさんは一緒に売っていく仲間なので、「貸し」を作ってはいけないという話も参考になった。
高橋晋平さんはアイデア勝負で商品を作っているわけではない。どのようにしたら売れるのかまで、踏み込んで考えている。一緒に売っていく仲間を作っていくことにこだわっているのだ。あなたは、ここまでやっているだろうか?
『一生仕事で困らない企画のメモ技(テク)』(あさ出版)
数々のヒット商品を生み出してきた高橋晋平が実際にやっている、企画がどんどん思い浮かぶ3つのメモの技術を紹介。人がもつ「欲求」にフォーカスし、ヒット商品を生み出すためのアイデアづくりの仕組みを解説する超豪華な一冊。企画に困ったらこれを読もう!
文:山本 ぽてと 写真:山本 中
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この記事の情報は公開時点のものです。