常見 陽平氏が様々な世界で活躍する人物の「営業観」を浮き彫りにする連載「常見陽平の営業バンザイ!」。
第7回は、人文思想や社会科学分野の編集や構成を数多く手掛ける斎藤 哲也氏。監修・編集した『哲学用語図鑑』(田中正人著・プレジデント社)は哲学関連の書籍としては異例の15万部のベストセラーとなった。最新作の『試験に出る哲学』(NHK出版新書)も即重版となっている。営業パーソンはなぜ哲学を学ぶべきなのか?哲学からなにを学ぶことができるのだろうか?一緒に考えてみよう。
常見 陽平氏編集者、ライターとして大ヒット作を生み出し続けている斎藤哲也さんにお話をお伺いします。斉藤さんのお仕事は、なんというんですかね。構成作家ですか……?
斎藤 哲也氏広く編集やライターをしてきましたが、近年は「構成ライター」の仕事が増えてきました。構成ライターというのは、簡単に説明すると、誰かに成り代わって本を書く仕事です。
常見 陽平氏様々なライターがいる中で、齋藤哲也さんに指名がいっぱい入るのはなぜなんでしょうか。
斎藤 哲也氏いくつか理由があると思っています。ぼくがやっている人文・社会科学分野のライターは、おそらく他分野に比べて人数が少ない。その時点で選ばれる確率が上がりますよね。加えて、一定の技術があり、意思疎通がそれなりに出来ること。この掛け算じゃないでしょうか。
常見 陽平氏実際の取材では、口が重かったり、事実を勘違いしたまま話をしていたりする。テープ起こしを全部載せるわけではないので、どこに光を当てるのかはライターの腕の見せ所ですよね。
斎藤 哲也氏人によってまとめる難易度は違いますね。同じ1時間でも、原稿にする時間が数倍違うことは頻繁にある。例えば対談なのに、発言の量が1対9の時……
常見 陽平氏ドキッ。私、その傾向があるんですよ。よく喋るか、徹底的に聞くモードになるかという。
斎藤 哲也氏そんなことは頻繁にあって、同席した編集者も頭を抱えてしまう。でも、ピンチの時こそライターとしてアピールするチャンスです。ピンチを救っていい原稿にすると、相手の信頼度がピュっと上がる気がします。分かりやすく話す人のインタビューをまとめるのは、ある程度、経験を積めばそれなりにできますから。
常見 陽平氏仕事の信頼を勝ち得るのは仕事しかないですからね。斎藤さんなりの営業術はありますか? ぼくは自分の本は手売りして、握手をするのが結局は最強だと思っています。
斎藤 哲也氏営業はほとんどしないというか、する時間がないんです。ただ、構成した本が名刺代わりになってくれるので、新しい依頼はコンスタントにあります。あと、異論はあると思いますが、ぼくのような構成ライターにとって直接のお客さんは出版社です。だから、読者の方に手売りをするという発想はあまりないですね。そこは常見さんと違うところかもしれません。
常見 陽平氏いわばBtoBだと。
斎藤 哲也氏ええ。その意味では、編集者にいい原稿を渡すことがそのまま営業になるんじゃないかと。仮に握手をするとしても、その相手は編集者なのかもしれません。
常見 陽平氏齋藤さんは「お客さんが誰なのか?」を見極めて、ブレずに仕事をしているんですね。
常見 陽平氏齋藤さんが監修・編集した『哲学用語図鑑』も、ご著書の『試験に出る哲学』も大ヒットしています。今日は是非、営業パーソンが哲学を勉強する意味について斎藤さんとお話したいです。
斎藤 哲也氏難しいですね……。哲学に限ったことじゃないけど、役に立つから勉強しようとしても、あまり長続きしませんよね。むしろ「楽しい」「面白い」から勉強するほうがのめりこめる。だから『哲学用語図鑑』にせよ、『試験に出る哲学』にせよ、とにかく面白く読んでもらえることを第一に考えました。
もちろん、だからといって哲学が役に立たないわけではなくて、例えば、空気を読まない批判力は哲学の持ち味の1つです。というのも、過去の名だたる哲学者は空気を読まないことに長けている。ソクラテスはアテネ中で空気を読まずに議論をふっかけました。
ニーチェなんて、それまでの哲学を丸ごとディスっている。そのほかの哲学者も、世間が大した根拠もなく同意してきたことに、空気を読まず異を唱えてきました。
会社内でも空気を読まない発言が必要とされる事態はあるでしょう。鶴の一声で決まってしまいそうだけれども、自分が違うと思ったら空気を読まずに言ったほうがいいこともある。
常見 陽平氏「空気を読まない批判力」は、まさにいまの営業パーソンに求められている力だと思いました。どの業界も厳しい中で、利益を追求しなくてはなりません。これはお客さんのためになるのか、受注後に納品するスタッフが疲弊する売り方を続けていいのか、この方法では市場が荒れて自分達の首まで絞めてしまうのではないか……と立ち止まって批判的に考える力は大切ですよね。今はどんな営業パーソンでも、大なり小なり「これでいいのか」ともやもやしていると思うんです。
斎藤 哲也氏正解は1つではないにしても、疑問をぶつけて話し合ったほうが、メンバーの納得度の高い意思決定ができると思います。たとえうまくいかなかったとしても「みんなで議論して決めたんだから」と飲み込むこともできますし。
常見 陽平氏いまは「すぐれた営業戦略」なるものを実行するために、上意下達的になっていて、議論がしにくい環境にあります。ぼくが昔リクルートにいた時の営業部はボトムアップ型で、上司や先輩達は大人の真剣なケンカをしていました。経営学のセオリーとしてはめちゃくちゃかもしれませんが、現場はエキサイティングでした。
効率的な方向になびきがちな今だからこそ「空気を読まない批判力」が必要だと思います。
常見 陽平氏『試験に出る哲学』は西洋思想をテーマにしていますよね。西洋思想は営業に応用できるのではないでしょうか。例えばイデア界と現象界の捉え方は、市場や顧客の捉え方に応用できると思うんです。『試験に出る哲学』のイラストを眺めるだけでも、様々なヒントを得られます。
斎藤 哲也氏ビジネスではよく「本質を見極めろ」と言いますが、物事には「本質」があるという考え方は、西洋の哲学から出てきたものです。本質の反対語は現象ですよね。目に見えている現象はニセモノで、それとは別に本質や真理がある。プラトン(紀元前427年-347年)はそういう本質を「イデア」と呼びました。以来、西洋哲学は長らく本質について考えてきた。
面白いのは、哲学や思想の世界では、ニーチェ(1844年-1900年)やハイデガー(1889年-1976年)以降、「本質」という考え方に疑問符が付されるようになっていることです。というのも、本質があるという思考は、本質ならざるものを蔑視したり、排除したりすることになりかねないからです。例えば、西洋的な進歩が「本質」なのであれば、産業が未発達な地域は遅れた野蛮な場所だと捉えられてしまう。
このようにビジネスで金科玉条のごとく言われる「本質」1つをとっても、掘り下げて考えていくと、けっこう危ういベクトルを含んでいるんです。
常見 陽平氏つまり、哲学では古い問題である「本質」が、ビジネスでは未だに重要視されているわけですね。これには2つ言いたいことがあって、1つはビジネスパーソンの言う「本質」は「真剣に考えろ」くらいの意味しかないんじゃないか(笑)。
もう1つは「本質」は「提供価値」に翻訳できるということ。有名な格言ですが、ドリルを買う人が欲しいのは「穴」である、と。顧客が期待していることは何か? を考えるのが、ビジネスで言うところの「本質」なのかもしれません。
斎藤 哲也氏まあ、実際にはそうなんでしょうね。何が言いたかったかというと、いま常見さんとやりとりしたようなかたちで、哲学は当たり前に使っている言葉や考え方を鍛え直すことを延々とやってきたということです。だとしたら、哲学を学ぶことで、「市場」や「顧客」という概念についても、違う見方ができるようになるかもしれません。
だから、別に本質という言葉を使うのはけしからん、と言いたいわけではないんです。ただ、常見さんが言ったように、けっこういろいろな意味で「本質」という言葉は使われている。そのことに敏感になるだけでも、物事を違った視点で見ることができるようになりますよね。別の言い方をすれば、メタな視点で物事を見ることができるようになる。
常見 陽平氏メタ視点で考えるスキルはビジネスパーソンにとって非常に大事です。課長や部長になれる人と、いち営業パーソンで終わる人の違いはそこにあると思っています。やはり、点と点を結びニーズの束を探り、市場の潮目を観察しないと出世できませんよね。
常見 陽平氏数々のヒットを生んできた斎藤さんですが、世の中の文脈や潮流をつかむために努力されていることはありますか。
斎藤 哲也氏一番手軽なのは、本屋に行くことですね。本屋はヒントの宝庫です。書店に行けば、人々が注目している本が前に出ていますし、一通りタイトルを眺めるだけで、今の潮目はなんとなく分かると思います。
文脈をつかむ方法としては、モノサシの当て方を意識することです。ここ1年間の変化だけではなく、500年のモノサシを当てるとどう見えるか。1000年だったら? 1万年だったら?
最近の国際情勢にはいいニュースがないですし、ポピュリズムも吹き荒れていて、悲観的なモードが漂っています。
ですが人類史的な長い視点でみると、人類は豊かになり、平均寿命も延びていると考えることもできます。短期と長期、どのモノサシを使って自分は考えるのか自覚しておきたいですね。
常見 陽平氏私の母は歴史学者なのですが、よく何か社会で問題が起こり、議論するたびに「100年スパンで物事を考えろ」と言われました。ついついSNS上で拡散されることについて、意見を言いたくなる、反射神経で論じる実態を批判的に見ているのだと思います。
斎藤 哲也氏人間はどうしても最近の話を重視しがちですから……。たとえば、「AIが労働を奪う」という話があります。
常見 陽平氏9割の仕事がなくなる説などですね。それだけ聞くと「俺もヤバイかも」という気持ちになりますよね。
斎藤 哲也氏ですが歴史的に考えると、古代ギリシアはよくも悪くも労働は奴隷がするもので、市民は政治をすることが仕事でした。その中から哲学が生まれてきた。そこまで考えると「AIが労働を奪う」というのは、1つの考えでしかありませんよね。
常見 陽平氏「AIが仕事を奪う」論はある種のホラーストーリーで、長期的に考えると人間と機械の対決、共存は産業革命からずっと起こっていることでもありますからね。
最後に、斎藤さんの今後の展望はありますか。
斎藤 哲也氏構成ライターは辞めないと思います。もう少し勉強をして、いずれは海外の哲学者や思想家にインタビューして本にするような仕事をしてみたいですね。それと、知的な観光ツアーのようなものにも魅力を感じています。
例えばある政治思想家は江戸時代の水戸藩に詳しいので、彼と行く水戸ツアーを企画してみるなど、研究者×観光というのは、いろいろできそうな気がするんです。そういう知の世界の橋渡し役みたいな仕事が性に合っているんでしょうね。
常見 陽平氏いいですねぇ。知識、教養は人生を楽しくしますし、見える世界が変わりますね。ありがとうございました。
「あなたが、選ばれる理由はなんだろうか?」
営業パーソンの皆さんに問いかけたい。
斎藤哲也さんは選ばれる人である。しかも、自分が選ばれる理由をよく理解している。本人があげた理由の他に、圧倒的なクオリティの高さというものも選ばれる理由だと思う。さて、あなたはなぜ、選ばれるのか(そもそも選ばれているのか)。胸に手をあてて考えてみよう。
「空気を読まない批判力」は営業パーソンが身につけるべきものだろう。自社についても、クライアントについても、間違っていること、おかしいと思ったことを指摘する力は必要だ(伝え方には気をつけなくてはならないが)。この批判力から、ニーズの束、次の市場が発見されるかもしれない。
まずは、斎藤哲也さんの最新作を手にとってみよう。センター試験問題で西洋哲学に入門するという秀逸な企画だ。きっとモノの見方が変わることだろう。
『試験に出る哲学』(斎藤哲也 NHK出版新書)
この本は「センター試験」で西洋思想に入門するという、秀逸な企画である。センター試験の「倫理」の問題を引用しつつ、哲学を学ぶというものだ。良い本とは、古今東西の良質な知に触れつつ、それを惜しげもなく、かつ、まるで家庭教師のように寄り添って教えてくれる。もっとも、決してやさしい内容ではなく。10代のときに、背伸びして買った本を読むような、適度な難易度が良い。これは、斎藤哲也氏の長年哲学と向き合ってきた知識と、ライター・編集者として数々の本を手がけてきた技量、何よりおもてなしスピリッツによるものだろう。
文:山本 ぽてと 写真:山本 中
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この記事の情報は公開時点のものです。